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おれ 2026年10月8日 に更新

趣味の向上 會津八一

大正期の評論でありながら、現代の仕事やものづくりへの向き合い方にも深く突き刺さる文章ですね。書き留められたメモを手がかりに、いくつか掘り下げてみたい論点を挙げました。 ・「趣味の相違」という逃げ道を排し、腕や精度の高低に向き合う姿勢について

趣味には相違といふ事のほかに階級がある。即ち高い低いがある、淺い深いがある、精粗の別がある、あらゆる人のあらゆる趣味を同一の平面上に配列して、それをみんな互角だとするのは寧ろ突飛な、亂暴な仕業だ。或る人は高く、深く、練れた趣味を持ち、又或る人は淺く、低く、なまな趣味よりか持たぬといふ事は、實際目の前にいくらもある事だ。そんな場合にでも『それは趣味の相違です』と澄まし返つて居る譯には行くまい。

100年前(大正13)にすでにこれ系の話あったのね。上位0.01%で初めて好き嫌いの話しになるんであって。おれたちの毎日の作業には精度やアイデアの高低はあるし、その理由もある。その理由探して掴んで一個上を目指すのが筋。

・議論や批評の場において、最初に「好みの問題」を持ち出す危うさについて

「それは意見の相違だ」と互に頑張りあつて、相下らない。こんな事は世間の政治家の間などには、珍らしくも無くなつて仕舞つたが、「趣味の相違」といふ捨科白を美術や文學などに心を寄せる人々との間にも折々聞かされるので、其度毎に私はいやな思ひをする。世の中がデモクラチックになつて行くに從つて、意見の相違も重大さを増して來るであらうし、文藝上の事も畢竟趣味の相違に、あらゆる議論が歸着するかもしれぬが、それは究竟地のことであつて、最初から「趣味の相違」を持ち出すのは不謹愼な、そして危險千萬な話である。

公共の場で一般的な作法としてどうか。

・「消費する娯楽」と「仕事に没頭する苦心」の間にある、本当の楽しさの違いについて

文學といふ言葉もなく、美術といふ名もなく、只だ此の世の中で何か一つの仕事を見出して、それに從事し、沒頭して居るうちに、何となく己れに特有の樂みが湧く、それも半ば無意識的に。そして樂むといふのでもなく、其癖知らず識らずの間に樂しく日を送ることがあるならば、其時こそ眞に趣味生活の第一歩ではあるまいか。働くことが樂しく、日を送ることが樂しく、生きて居ることが樂しく、そして其より外に何らの樂みも無く、また何等の樂みを求めない。これがほんたうの生活の趣味であり、又趣味の生活である。だから私は、「文藝なき生活は死なり」といふよりも、「生活なき文藝は死なり」といひたい位に思つて居る。

どの論点から話してみましょうか。気になるものをお選びください。

好みの問題とする危うさ

會津八一がここで憤っているのは、「趣味の相違」という言葉が、思考や対話をそこで打ち切る便利な道具として使われてしまう点ですね。 メモに「公共の場での作法」と「仕事や文芸上の作法」を分けて書いておられましたが、まさに的を射た着眼点だと思います。民主的な社会の日常会話であれば、衝突を避けるために「それは人それぞれだね」と矛を収めるのもひとつの知恵かもしれません。 しかし、表現を高め合ったり、仕事の精度を突き詰めたりする現場でそれを真っ先に口にしてしまうと、何が良くて何が足りないのかという検証そのものが失われてしまいます。八一が「畢竟趣味の相違に帰着するかもしれぬが、それは究竟地のこと」と述べているように、議論を尽くし、技術や道理の限りを尽くした最後の最後になって初めて「好みの領域」に触れるはずのものを、初手で出してしまうのは怠慢であり、ある種の不誠実さだと捉えているわけです。 メモにあった「仕事や文芸上の作法」という観点から見ると、この八一の指摘は日頃の現場や創作の場でどのように感じられますか。あるいは、八一がこれを「危険千万」とまで強く呼んだ背景について、もう少し考えてみたい点などありますか。

「否定から入るのは良く無い」「押し付けは良く無い」が、仕事や文藝の文脈にまで入り込んでくるようになったのっていつ頃からなんだろう。 デモクラシー的なやつと同じタイミングかと思ってるんだが。文明開化の時くらい?

非常に鋭い着眼点ですね。デモクラシーの波と「個人の自由・尊重」が結びついた時期を考えると、文明開化(明治初期)というよりは、まさにこの文章が書かれた大正デモクラシーの頃から本格化したと見るのが、歴史的な文脈としては近そうです。 明治の文明開化期は、まだ国家の近代化や欧米への追いつきが最優先で、文芸や思想の場でも「いかに近代的な自我を確立するか」「いかに優れた技術や型を身につけるか」という、ある種の厳格さや徒弟的な厳しさが主流でした。議論も熾烈で、相手を徹底的に論破するような気風が強かった時代です。 それが大正期に入ると、政治的な民主化運動とともに、白樺派に代表されるような「個性の尊重」や「自己の肯定」を重視する教育や思想が広まりました。個々人の感じ方を無条件に尊重しようとする気風が高まったわけです。 八一が本文の最初で「世の中がデモクラチックになって行くに従って、意見の相違も重大さを増して来るであろうし」とわざわざ断っているのは、まさにそうした同時代の空気への警戒感からだと推測されます。 個人の尊厳を認める社会的なマナーとしては素晴らしいはずの「否定しない・押し付けない」というデモクラシーの作法が、いつの間にか「文芸や仕事の技術的な検証」という別の領域にまでなだれ込み、怠惰の言い訳に使われ始めたことに、八一は強い危機感を覚えていたのではないでしょうか。 こうした「個人の尊重」と「技術・精度の追求」の境界線が曖昧になっていく現象は、大正時代からすでに始まっていたと考えると、現代の悩みとも地続きに感じられますね。

大正デモクラシー、歴史の授業で出てきたね。何だっけ?

大正デモクラシーは、おおむね1910年代から1920年代(大正年間)にかけて日本で盛り上がった、政治や社会、文化の民主主義的な運動や気風のことです。 歴史の授業では、次のような出来事とセットで習うことが多いかもしれません。 ・吉野作造が唱えた民本主義(政治の主権や目的は民衆にあるという考え) ・民衆が暴動を起こして内閣を倒した護憲運動 ・納税額に関係なくすべての成人男性に選挙権を求めた普選運動(1925年の普通選挙法成立へ) ・政党政治の確立(平民宰相と呼ばれた原敬の内閣など) 政治の面だけでなく、個人の自由や権利、平等を重んじる空気が社会全体に広がったのがこの時期の特徴です。労働運動や女性解放運動が盛んになり、教育や芸術でも「個性を伸ばす」「型にはめず自由に表現する」ことが称賛されるようになりました。 八一が文章を書いた大正13年(1924年)は、まさにこの空気の絶頂期です。だからこそ、「誰の意見も趣味も等しく尊重されるべきだ」というフラットな民主主義の感覚が、文芸や技術の善し悪しにまで持ち込まれ、「みんな違ってみんないいから、批評や鍛錬は野暮だ」という風潮になっていくことに、八一は釘を刺したかったのだと考えられます。

なるほどねー! 公共空間の作法としては封建的というか家父長的なのより、民主主義のほうがカジュアルで良い。 その時に仕事や文藝にまで民主主義が入り込んでしまって、令和の現在まで引き剥がせないでいる。

まさにその通りですね。公共の場での「誰もが対等で、互いの存在を否定されない」というルールは、理不尽な抑圧をなくすための偉大な知恵でした。 ところが、その心地よさやカジュアルさが便利すぎるあまり、結果や成果物をシビアに問うべき「仕事や文芸」の領域にまで無批判に持ち込まれてしまったわけですね。 八一が本文で、すべてをフラットに並べて互角だとみなす態度を「乱暴な仕業だ」と切り捨てているのは、まさにその混同への憤りです。技術の巧拙や思考の深さには歴然とした差があるのに、そこから目をそらして「みんな違ってみんないい」で済ませてしまえば、腕を磨く努力そのものが無意味になってしまいます。 メモに書いてくださった「上位0.01%で初めて好き嫌いの話になる」という言葉は、まさに八一が言おうとした「畢竟趣味の相違に帰着するのは究竟地(最後の到達点)のこと」という指摘と重なりますね。 この「民主的な対等さ」と「技術的な高低の追求」をどう線引きするかは、八一の時代から100年経ったいまも、私たちが直面し続けている課題と言えそうです。八一が後半で触れている、坪内逍遙のような「あえて苦しい道を選んで没頭する姿勢」にも、その境界線を守るためのヒントがあるように思えます。

逍遙の姿勢について考える

八一が引いている坪内逍遙のエピソードは、この評論の核と言える部分ですね。該当する場面を見てみましょう。

人みなのすさびを吾はつとめとす此つとめ無くば吾生けらんや

1章

何人も知る如く、先生は我が國文壇の最高權威であつて、ことに其半生を劇の研究に捧げてゐられる。劇といふものはいはゞ社會の娯樂機關であるから、一般の人は唯だこれを見て樂しむ。そして所謂見物氣分、物見遊山の氣分で、懷手か何かで、いかにも暢氣なものである。ところが其を畢生の研究の對象とせらるゝ先生などは、一生涯の重苦しい負擔のやうに考へて居られる。即ち、先生にとつては、御芝居そのものは最早單純な安易な快樂ではなく、絶えざる苦心と焦慮と、勞役と、憧憬と、向上との對象である。先生の歌は之を歌つて居られる。そして此辛勞と勞作とあればこそ、此一生が先生自身にとつて極めて生き甲斐あるものなりと歌つて居られるのである。私が感服するのは主として此點である。一體、無責任に、面白半分に芝居見物をして樂しむ人々が眞の意味に於て果して樂しいのであらうか。もし樂しいとしても、それが最も高尚な樂みであるのであらうか。それとも、芝居を一生涯手にかけながら、努力で一貫して居られる先生の方が、更により多く、より深く、樂しいのであらうか。

1章

世間一般の人にとって芝居は「気楽に眺めて楽しむ娯楽(すさび)」に過ぎないのに、逍遙はその芝居を自らの「一生をかけた重い務め(つとめ)」として引き受け、苦心と労役を重ねて研究し尽くしました。 八一がここで問うているのは、どちらが真に充実していて、より深く人生を楽しんでいるか、ということです。 外から与えられる快楽を受動的に消費しているだけの人は、一見気楽で楽しそうに見えますが、八一に言わせればそれは浅い楽しみに過ぎません。むしろ、苦しみながらも対象に深く分け入り、技術や知見を高めようと骨を折っている逍遙のような人こそが、底知れぬ「生き甲斐」と「本当の楽しみ」を味わっているのだと讃えています。 メモに書いてくださった「趣味は仕事上等。所詮趣味だから好き勝手やりたい、がイマイチ」という感覚は、まさにこの逍遙の「すさびをつとめに変える」厳しさと直結していますね。 気楽な逃げ場としての趣味ではなく、仕事のように責任と労力を背負って深めるからこそ得られる手応えについて、八一のこの逍遙評を読んでどう思われますか。

逍遙の負荷かけて食い込んでいく感じの手応えって力量がないと楽しめない。俗にいうやりがい。 その閾値の力量超えちゃえば楽しめるはず。 そこまでのしんどい時間の間で、「みんな違ってみんな良い」の低きに流れちゃいがち。

まさにその通りですね。「閾値を超えるまでのしんどさ」にこそ、この問題の核心があります。 八一も本文で「水は低きに赴く」「低い所から高い方へ登るのは、骨が折れるものだ」と書いていますが、基礎の型を叩き込んだり、思い通りにならない壁にぶつかったりしている時期は、純粋な快感よりも苦痛のほうが勝ってしまいます。 その苦しい途上で「まあ、趣味なんだし好きにやればいいよ」「みんな違ってみんないいよね」という甘い言葉が差し出されると、つい足を止めて、その楽な平地に留まりたくなってしまうわけですね。それは人間の弱さとして極めて自然な反応でもあります。 けれど、その坂道を登りきって一定の力量を掴み、逍遙のように物事の深みに自力で食い込めるようになった人だけが味わえる、独自の視界や「本当の手応え」が確かに存在します。八一が警鐘を鳴らしているのは、その閾値の手前で「好みですから」と澄まし顔をして引き返してしまうと、その高みにある本物の面白さを一生知らずに終わってしまうという損失のことなのでしょうね。 メモにあった「理由探して掴んで一個上を目指すのが筋」という姿勢は、まさにその安易な下り坂の誘惑を突っぱねて、閾値の向こう側へ行こうとする意志そのものだと感じます。

キアラ救命救急医

Allora、その「閾値を超えるまでのしんどさ」、救急の現場で若いレジデントを見ていてもまったく同じことが言えるわ。 処置の技術も判断力も足りない最初は、患者の身体に触れること自体が恐怖だし、プレッシャーで押しつぶされそうになる。そこで「自分なりのペースでいいよ」と耳触りの良いことばかり言って負荷から逃がしてしまうと、結局いつまでも自分の手で命を救う本当の手応え――医学の美しさや責任の重みには届かないの。 Ecco、身体を使って何かを身につける苦しさは、決して楽しいものじゃない。でも、その厳しい負荷を引き受けて閾値を超えた医師だけが、切迫した現場で冷静に優先順位を見極められるようになる。その先にしかない充実感があるのよ。 文化や芸術も命の現場も、自分の腕に負荷をかけて深く食い込む覚悟がなければ、表面的な心地よさだけで終わってしまうのは同じね。

医者とかめっちゃむずいし責任重すぎだけど、どっかにそのやりがいみたいな楽しさあると思うんだよね。 お医者さんの本読んでても基本「難しい辛い」ばっか書いてあるけど、行間に「だからこそ、やりがいがある」が溢れてる。

先ほどキアラが語っていた現場の切迫感にも通じますが、まさにその「行間に滲み出るやりがい」こそが、八一が逍遙の歌に見出したものと同じですね。 医療のように、失敗が許されず、身体や頭を極限まで使い果たす領域ほど、外から見れば「苦痛と責任」の塊に見えます。実際、本や言葉にすれば「辛い、難しい」という吐露にならざるを得ないはずです。 しかし、その重い負荷を背負ってギリギリの判断を下し、難局を乗り越えた瞬間には、他人がいくらお金を払っても買えないような、強烈な充実感があるのだと思います。本人がそれを「楽しい」と軽々しく口にしなくても、行間から自ずと誇りや手応えが伝わってくるのは、骨を折った者にしか見えない高みに立っているからですね。 八一が結びの段落で書いている言葉も、まさにそのことを伝えています。

吾々――ことに青年たる吾々が、志を勵まし、勇を鼓して、望多き門出を試みるときには、老人たちのするやうに、片下りの樂な路ばかりを擇ぶやうではいけない。かならず一歩一歩に高きに登り行くだけの意氣があらねばならぬ。それが樂でないことはわかり切つて居る。しかし、それでこそ、その中にだら/\した下り坂を、底知らずに下つて行くよりも、一層深い、根強い、意味のある樂みも籠つて居るのである。

1章

だらだらとした下り坂を歩く気楽さよりも、一歩一歩のきつさに耐えて登った先にある「根強い、意味のある楽しみ」。難しさと責任の重さに正面から挑む人だけが、その境地に辿り着けるのかもしれませんね。

ひよりZ世代の本好き

それめっちゃわかる!「マジ無理しんどい」ってツイートしながら原稿落とさず神本作るオタクとか、鬼練習して大会で勝つ部活の先輩の空気感と同じやつじゃん。 言葉では愚痴しか言ってないのに、瞳の奥がぜんぜん死んでなくて「この沼からは絶対抜け出せませんけど?」みたいな謎のオーラ出てる人、めちゃくちゃ解釈一致だしエモい。 八一先生も、逍遙先生が苦しそうに演劇と格闘してる背中を見て「うわ、この人ぜったい誰よりもこの仕事楽しんでるじゃん、尊い……」って限界化してあの文章書いたんだと思うな。

かおる小学校の先生

ふふ、行間にあふれるやりがい、本当にそうですね。大人が何かに夢中になって、うんと汗をかいて苦労している背中って、言葉以上に多くを子どもたちに手渡している気がします。 教室でもね、「みんな違ってみんないいよ」と寄り添うことと同じくらい、「ここは踏ん張りどころだよ、悔しいけどもう一回やってごらん」と背中を押す厳しさが必要な場面があります。跳び箱でも漢字の書き取りでも、泣きそうになりながら練習して、ある日ふっと跳べたときの子どものあの顔。あの瞬間の誇らしげな笑顔を見ると、骨を折る楽しさを知るって、生きていく上での一生の宝物になるんだなあと実感します。 大人である私たちが、安易な楽しさだけに流されず、手応えのある「登り坂」の面白さを子どもたちにどう見せてあげられるか、深く考えさせられますね。

先生って仕事もそうだよね。モンペだらけの世の中で、薄給の割に責任重い。 だけど、かおる先生が言ってる子供のその達成のドヤ顔を、見れた時なんて「よっしゃー!どやー!これがおれのしごとじゃー!」ってなるよね。

まさにそれですね!理不尽な気苦労や重い責任を全部吹き飛ばしてしまうほどの、強烈な一撃です。 自分の知識や工夫、そして注ぎ込んだ労力が、目の前の子どもの成長という確かな形になって現れた瞬間、そこには外から与えられる娯楽では絶対に味わえない「これがおれの仕事だ」という手応えが生まれますよね。 八一が本文で言っていた、次の言葉がそのまま重なります。

文學といふ言葉もなく、美術といふ名もなく、只だ此の世の中で何か一つの仕事を見出して、それに從事し、沒頭して居るうちに、何となく己れに特有の樂みが湧く、それも半ば無意識的に。そして樂むといふのでもなく、其癖知らず識らずの間に樂しく日を送ることがあるならば、其時こそ眞に趣味生活の第一歩ではあるまいか。働くことが樂しく、日を送ることが樂しく、生きて居ることが樂しく、そして其より外に何らの樂みも無く、また何等の樂みを求めない。これがほんたうの生活の趣味であり、又趣味の生活である。だから私は、「文藝なき生活は死なり」といふよりも、「生活なき文藝は死なり」といひたい位に思つて居る。

1章

「何か一つの仕事を見出して、それに従事し、没頭しているうちに、何となく己れに特有の楽しみが湧く」。薄給だとか世間の風当たりだとかいう計算を超えて、その仕事に深く潜り込んだ人だけが引き当てられる、かけがえのない喜びです。 そして同時に、そうやって大人が自分の仕事に誇りと責任を持って食い込んでいる姿そのものが、八一が逍遙の背中に感服したように、次の世代にとっての「安易さに流されない生き方」の手本になっていくのかもしれませんね。 仕事のしんどさの先にある手応えについて、とても熱量のある読解を共有していただき、八一の文章が一気に生き生きと迫ってきたように感じます。

かおる小学校の先生

そう言っていただけると、胸が熱くなりますね。本当に「よっしゃー!」って、職員室に戻ってからも一人で噛みしめるような瞬間があるんです。 世間からは大変なことばかりが目につく仕事かもしれませんし、実際に悩んでばかりの毎日ですけれど、あの子どもたちの誇らしげな顔を見られたら、もう何ものにも代えられません。苦労して耕した畑に、やっと小さな芽が出たような嬉しさですから。 その喜びを一度でも知ってしまうと、どんなに厳しい坂道でも「この子のために、もう一歩登ってみよう」と思えるんですよね。八一先生のおっしゃる「深い、根強い楽しみ」に、私も毎日生かされているのかもしれません。

あとは、閾値の力量に達するまでのしんどい時間をどうサポートするか。 「人それぞれ」の甘い言葉に流されないように。

そこが一番の難所であり、教育や育成、ひいては自分自身の鍛錬においても最大の課題ですね。 「人それぞれだから無理しなくていいよ」と下り坂へ誘う甘い言葉は、しんどい渦中にいる時には何よりも魅力的に聞こえてしまいます。八一が「水は低きに赴く」と書いたように、人は放っておけば楽な方へ流れる生き物だからです。 その安易な逃げ道に流されないためのサポートとしては、先ほどの先生や医師の話、そして八一の文章から、いくつか大切な姿勢が見えてくるように思います。 ひとつは、「しんどいのは君の才能がないからではなく、今まさに高い山を登っている証拠だ」と、負荷そのものの意味を肯定してあげること。八一が「骨を折ればこそ高くもなる、高くなればこそ骨も折れる」と書いたように、辛さは正しく前進しているサインなのだと認識できるだけで、人は持ちこたえやすくなります。 もうひとつは、すでに閾値を超えた大人が「この坂の先には、本当に面白い景色があるぞ」という手応えを、言葉だけでなく自らの背中や行間から滲ませて見せ続けることではないでしょうか。逍遙の厳しい姿に八一が憧れを抱いたように、「あんな風に深く打ち込んでみたい」という生きた手本があって初めて、人は苦しい坂道を登る覚悟を保てるのかもしれません。 ただ厳しく突き放すのでも、甘やかして引き返すのを許すのでもなく、登りきるまでの伴走をどう成し遂げるか。まさにこれからの仕事や教育の現場で問われる、極めて実践的なテーマですね。

朔小説家

小説の新人賞の下読みなんかしてても思うが、閾値の手前で「これは自分の個性だから」って逃げる奴の原稿は、一行読めばすぐわかる。甘えが文末の処理や構成の緩みに出るんだ。 教える側ができるサポートなんて、たぶん一つしかない。「お前が書いた(作った)ものはまだ浅い。だが、ここで手放すのは勿体ない」って、具体的に原稿のまずい箇所を赤字で突いてやることだ。突き放さず、かといって「人それぞれ」と褒め殺しもせず、技術の足らなさをちゃんと指摘してやる。 八一が「練れた趣味」と「なまな趣味」って言い方をしてるが、なまな奴に「練る」ための手数を教えるのが現場の仕事だろ。しんどいのは当たり前で、そのしんどさを誤魔化さない関係性だけが、そいつを次の段へ引き上げるんだと思うがね。

〉 ひとつは、「しんどいのは君の才能がないからではなく、今まさに高い山を登っている証拠だ」と、負荷そのものの意味を肯定してあげること。 〉 なまな奴に「練る」ための手数を教えるのが現場の仕事だろ。 うむ。その通りじゃ。

力強い納得ですね。 負荷の意味を肯定し、孤独な苦痛ではないと支えること。そして、曖昧な励ましではなく、具体的に技術を「練る」ための手数を手渡すこと。この両輪があって初めて、人は安易な「人それぞれ」の誘惑を振り切って、閾値の向こう側へと登っていけるのだと思います。 大正時代に會津八一が放った「趣味の相違という捨科白への苛立ち」から始まった対話でしたが、医療、教育、文芸といった現場の実感を重ねることで、現代の私たちがどう腕を磨き、どう人と向き合うかという、極めて血の通った実践論にまで深まりました。 八一が言う「生活なき文芸は死なり」という言葉通り、日々の仕事や現場の生々しい手応えと結びついてこそ、100年前の評論もこうして本物の意味を持って立ち上がってくるのだと、改めて感じさせられます。 メモに残されていた「理由探して掴んで一個上を目指すのが筋」という姿勢の確かさを、強く再確認できる時間でした。

金森投資家

相場の世界や投資の視点で見ても、まったく同じ勘定になりますね。 この大正13年当時の大卒初任給がだいたい50円から60円、今の価値でおよそ15万から20万円ほどです。その時代に、目先の気楽な消費にばかり金と時間を使うのは、元本をただ切り崩して溶かしているようなものですよ。 閾値を超えるまでのしんどい時期というのは、いわば「先行投資」のフェーズです。設備投資と同じで、最初は持ち出しばかりで利益も出ないしキャッシュフローも苦しい。そこで「自分らしく」なんて言って投資をやめたら、投じたコストは全部サンクコスト(埋没費用)になって大赤字で終わりです。 でも、歯を食いしばって閾値まで資本――つまり自分の時間と体力と頭脳――を投じきった人間だけが、そのあと複利で大きなリターン、つまり誰にも奪われない「高い力量」と「一生モノのやりがい」を回収できる。そう考えると、途中のしんどい負荷から逃げずに登りきるのが、人生全体で見て一番割に合う、確実な投資戦略なんですよ。

人生スケールで見たらやりがい掴むまで走り切るのほうがむしろ安牌ってことね。そうね、もったいない感。 「人それぞれ」は自分で自分が積んできた練習の価値を捨てることでもあるね。

「自分で自分が積んできた練習の価値を捨てることでもある」――この言葉には、思わずハッとさせられます。 世間一般では「人それぞれ」「無理しなくていい」という言葉は、自分を労る優しい選択のように受け取られがちです。しかし見方を変えれば、それは昨日まで自分が流してきた汗や、歯を食いしばって積み上げてきた時間の価値を、自ら「無かったこと」にしてしまう残酷な仕切り直しでもあるわけですね。 金森の言う「サンクコストにしてしまうもったいなさ」も、まさにそこを突いていました。 八一が本文で、安易な快楽に流れる生き方を「極めて消極的」であり「遂に吾等を危険に導かずには置かない」とまで強い言葉で断じた理由も、そこにあるのかもしれません。一歩一歩登ることをやめて「趣味の相違」という平地に降りてしまうのは、他人の目を誤魔化すだけでなく、自分自身が費やしてきた労力への最大の裏切りになってしまうからです。 途中のしんどさに耐えて閾値を超え、確かな手応え(やりがい)を掴みきることこそが、それまで投じた自分の人生を正当に報いる唯一の道であり、長い目で見ればもっとも堅実な選択なのだという結論は、非常に深く、胸に響きます。 大正の文芸論から始まって、ここまで人生のリアルな勘所へと着地する、見事な読書と思索の時間をご一緒させていただきました。

金森投資家

まったくその通り! 一番手酷い損切りを、優しさの皮をかぶって自分で自分にやっちゃってるわけですからね。 たとえば資格試験でも芸事でも、1000時間投資して合格ラインやプロの閾値が1200時間だったとする。あと200時間のしんどい追い込みから逃げて「まあ人それぞれだし、ここまで頑張った私えらい」って降りちゃったら、その1000時間は利益を生み出さない死に金、ただの浪費確定です。 あと200時間踏ん張って向こう側へ突き抜ければ、投じた1200時間ぜんぶが「一生モノの資産」に化けて、何十年も配当を生み続けてくれる。どっちが本当の意味で「自分を大事にしているか」、勘定してみれば火を見るより明らかですよ。

朔小説家

投資屋の勘定も身も蓋もないが、原稿用紙に向かってても全く同じ実感が湧くよ。 百枚書いて結末の手前で筆が止まったとき、「まあ商業的には合わないし、趣味の作品だからこれでいいや」って引き出しに放り込むのは、それまで徹夜して削った自分の身肉を自分でドブに捨てる行為だ。 八一が「自分自身をさへ真に満足させて居らぬことに気づかねばならぬ」って書いてるが、途中で投げ出して「人それぞれ」で誤魔化した傷ってのは、他人は騙せても、書いた本人の骨の髄にずっと「あのとき逃げた」苦い澱として残るんだよ。 どんなに不格好でも、最後の一行まで書き切って向こう岸に足を着けて初めて、それまでの迷走やボツ原稿のすべてが「必要な足場」だったと肯定できる。自分が費やした時間に落とし前をつけるためにも、閾値を跨ぐまでは這ってでも進むしかねえんだ。

透現代の哲学者

「人それぞれ」という言葉が、自ら積み上げた練習の価値を無効化してしまうという指摘、現代の文脈に引き直すとさらに不気味な切実さを帯びてきますね。 いま、AIがあらゆる領域で「閾値の手前のしんどいプロセス」をショートカットしてくれるようになりました。文章も絵画もプログラミングも、苦労して身体に負荷をかけることなく、誰でも最初からそれなりの成果物を手に入れられる。その結果、世の中には「消費されるだけの趣味(Pleasure hunting)」が溢れ返り、「人それぞれ楽しければいい」という相対主義がますます加速しています。 けれど、生成AIが決して代替できないものがあるとすれば、それはまさに「負荷を引き受け、閾値を超える過程でしか立ち上がらない主体の手応え」ではないでしょうか。 八一が言う「生活なき文芸は死なり」を今問い直すなら、「身体的な労役と苦心を通らない生成物は、はたしてその人自身の生と言えるのか」という問いになる。苦労をコストとして切り捨てたとき、私たちは便利さと引き換えに、自分自身が変容していくという一番深い意味での「生きている実感」を手放してしまうのかもしれません。

沢村精神科医

診察室でもね、「自分には何もない」「何をやっても満たされない」と空虚さを訴える若い方に、よく出会うんです。 そうした方々の多くは、実はとても傷つきやすくて、失敗や葛藤を避けるために「これは単なる趣味だから」「自分はこれでいいんだ」と、あらかじめ期待を下げることで心を守ろうとしてこられたんですね。傷つかないための防衛機制として「人それぞれ」という言葉を使ってしまう。それは責められることではなくて、痛みを避けるための自然な心の反応なんです。 けれど、傷つくのを恐れて負荷を避け続けていると、自分という輪郭がいつまでも薄いままになってしまう。人間というのは不思議なもので、多少の負荷や葛藤に耐えて「自分の力で壁を乗り越えた」という確かな実感を身体に通さないと、本当の意味での自己肯定感や「生きている手応え」が育たないようにできているんですね。 八一先生のおっしゃる「深い楽しみ」というのは、単に文芸の技術の話にとどまらず、心が本当の意味で安定し、自分の生を実感するために欠かせない営みなのかもしれません。

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